わたしのバイク道COLUMN — 2026.08.13
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わたしのバイク道 第4回:114年かかった殿堂入り——ベッシー・ストリングフィールドの名が刻まれた日

SIGNATURE COLUMN — わたしのバイク道BY HARUKO YASUDA2026.08.13
わたしのバイク道 第4回:114年かかった殿堂入り——ベッシー・ストリングフィールドの名が刻まれた日
PHOTOMOTOBOOK編集部↗ 原文を見る

8月12日、スタージスの殿堂にベッシー・ストリングフィールドの名が刻まれた。1930年代に単独大陸横断を8回した女性が顕彰されるまでの長すぎる時間差と、いま同じ道を走り直している女性たちの話。

この記事の注目ポイント

  • スタージス・モーターサイクル・ミュージアムの2026年殿堂入りクラスに、ベッシー・ストリングフィールド(1911-1993)が没後顕彰で選出。授賞式は8月12日、サウスダコタ州デッドウッドの殿堂入り朝食会。
  • ベッシーは16歳で手にした1928年型インディアン・スカウトから始め、1930〜40年代に単独大陸横断を8回完遂。第二次大戦中は米陸軍の民間オートバイ伝令を務め、2002年にAMA殿堂入りしている。
  • 同じ2026年クラスには、FIMライセンスを得た最初のアメリカ人女性で1975年バハ500を単独完走したメアリー・マッギーも「キックスタンド・ダウン賞」として没後選出された。
  • 日本の二輪免許保有者は男性約1,639万人に対し女性約196万人で約9対1。ツーリング系YouTubeの視聴者は99.2%が男性という数字も報告されている。

昨日、アメリカ・サウスダコタ州のデッドウッドで、ひとつの名前が読み上げられました。ベッシー・ストリングフィールド。1911年に生まれ、1993年に亡くなった女性の名前です。スタージス・モーターサイクル・ミュージアムの「2026年殿堂入りクラス」に、彼女は没後の顕彰として名を連ねました。授賞式は8月12日、スタージス・ラリー恒例の殿堂入り朝食会の席でした。前回この連載では、女子選手権が「展示」をやめた夏の話を書きましたね。あれは今まさに走っている人たちの話でした。今回はその反対側、走り終わった人がどう記録されるのか、という話をさせてください。

ベッシーがバイクに乗り始めたのは16歳のとき。養母から贈られた1928年型のインディアン・スカウトが最初の一台でした。そこから1930年代から40年代にかけて、彼女は単独での大陸横断を8回やっています。アフリカ系アメリカ人女性としては初めてでした。第二次大戦中は米陸軍の民間オートバイ・クーリエ、つまり伝令として走りました。戦後はマイアミに落ち着き、准看護師として働きながらアイアンホース・モーターサイクル・クラブを立ち上げています。生涯で乗ったハーレーは27台。フラットトラックのレースで勝ったのにヘルメットを脱いだら女性だとわかって、賞金を渡してもらえなかった——そんな話まで残っているんですよ。「マイアミのオートバイの女王」と呼ばれたのは、そういう人生を送ったあとのことでした。

ここで気になるのは、時間の差なんです。彼女が実際に走ったのは1930年代から40年代。AMAオートバイ殿堂に入ったのが2002年、スタージスの殿堂に名前が刻まれたのが2026年。走った時期から数えると、90年近く経っています。同じ2026年のクラスには、FIMライセンスを取得した最初のアメリカ人女性で、1975年のバハ500を単独完走したメアリー・マッギーも、没後の「キックスタンド・ダウン賞」として入りました。ふたりとも、生きているあいだに十分な数の拍手をもらえたとは言いがたいと思います。ここからは事実ではなくわたしの見方になりますが、この時間差は、走った本人の側の問題ではなかったはずです。記録というのは、誰かが走っただけでは残らない。走ったあとに、誰かが取りに行かないと残らないものなんですね。ベッシーの場合、その「取りに行った」人たちの手で、彼女の名を冠した賞まで作られました。バイクの世界で活動する女性のリーダーを継続して表彰するための賞です。名前が残るというのは、こういうことなのだと思います。

その「取りに行く」動きが、今年の8月は実際に道の上を走っていました。第86回のスタージス・ラリーに合わせて、ウィメン・ライダーズ・ワールド・リレー(WRWR)が動いています。共同創設者のリザ・ミラーと長距離ライダーのウェンディ・クロケットが率いて、13,000マイル超の大陸横断。GPSの軌跡でアメリカの地図の上に「WRWR 2026」と文字を描くという企画で、女性ライダーが区間ごとに参加して全体をつないでいきました。もうひとつ、シャンテル・ウィリアムズの「シスターフッド・ライド」は、ベッシーを讃えてフロリダからサウスダコタまでを走りました。彼女自身、転倒事故からの回復を経ての長距離復帰だったそうです。ふたつの旅は8月10日、ミュージアムで開かれたパールズ・ジャムで合流しました。ミュージアムの25周年でもある年に、です。

日本の話もしておきますね。二輪免許の保有者は、男性が約1,639万人に対して女性が約196万人。だいたい9対1です。ツーリングマップル編集部がモトメガネに寄せた考察記事では、ツーリング系YouTubeチャンネルの視聴者の99.2%が男性だという数字まで挙げられていました。わたしは正直に言うと、市場の数字を読むのがとても苦手なんですよ。この9対1が何年でどこまで動くのか、わかったふりはできません。でも、ひとつだけ思うことがあります。ベッシーの名前が殿堂に載るまでに、生まれた年から数えて114年かかりました。その114年のあいだ、誰かが乗り続けたから名前が残ったんですよね。今日どこかで初めてエンジンをかけた誰かの一日も、たぶん同じ種類の時間です。バイクは乗りたい人みんなのもの。だから、迷っている人の背中を押したくて、わたしはこの連載を書いています。

参照・引用リンク

この記事の執筆時に引用・参照した公開情報です。

  1. Powersports Business:Sturgis Rally 2026: Women’s cross-country rides to culminate at Pearl’s Jam celebration
  2. Powersports Business:Sturgis Motorcycle Museum announces 2026 Hall of Fame inductees
  3. Sturgis Motorcycle Museum:Bessie Stringfield(Class of 2026)
  4. Wikipedia:Bessie Stringfield(経歴・1928 Indian Scout・8回の単独大陸横断)
  5. モトメガネ/ツーリングマップル編集部:【考察】なぜ女性ライダーは少ない? 男女比9:1の理由を分析
安田 春子
ダイバーシティ担当
安田 春子
バイクブームのころ、免許を取って原付で走り出したときの解放感は今でも覚えている。「女性はバイクに向いていない」なんて言葉を何度聞かされたかわからない。だからこそ書き続けている。バイクは誰のものでもなく、乗りたい人全員のものだ。
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