欧州ライダー通信 第4回:77団体の書類と、ブリュッセルを走った50キロ
路面に書かれた敵意に、欧州のライダーは書類とバイクで答えている。77団体が名を連ねた共同ポジションペーパー、欧州議会に生まれたMEPクラブ、そして広がるフランスの騒音カメラの話だ。
この記事の注目ポイント
- FEMA・FIM Europe・NMCは2026年3月26日、77のライダー団体を代表する共同ポジションペーパーを公開した。持続可能な交通戦略、インフラ設計、免許と訓練、新技術をEUの意思決定者向けに整理している。
- 2026年7月1日、欧州議会に超党派の「モーターサイクリングMEPクラブ」が発足。運営はACEMが担い、FIMとFEMAはオブザーバー。発足会合の後には議員と欧州委員会の担当者がブリュッセル周辺を50キロ走った。
- フランスではブリュイパリフ開発の騒音カメラ「メデューズ」の配備が拡大している。目安90デシベル超で作動し罰金は最大135ユーロ。パリは2021年から、現在はイヴリーヌ県やシュヴルーズ渓谷にも及ぶ。
前回、ドイツの路面に書かれた「ライダー死ね」という落書きの話を書いた。書きながら、私はずっと別のことを考えていた。敵意そのものより、その敵意に対して欧州のライダーが何をしているか、のほうが本当は重要なんじゃないか、と。答えは案外つまらない。彼らは組織をまとめ、書類を書き、政治家を自分のバイクに乗せている。落書きを消して回る話ではないんだ。今年の欧州で進んでいるのは、そういう地味で事務的な作業だ。だが社会との関係でいえば、地味な作業のほうが最後には効く。感情は記事にはなるが、法律の条文にはならないからだ。
3月26日、FEMA(欧州モーターサイクリスト協会連合)とFIM Europe、そして英国のNMCが、共同のポジションペーパーを公開した。この3団体が代表するライダー組織の数は77。FEMA単体でも17カ国20団体だという。扱っている範囲は、持続可能な交通戦略、インフラの設計、免許と訓練、そして新しい技術——つまり、これから欧州で決まる二輪の条件がほとんど全部そこに並んでいる。作業部会をまとめたイェスパー・クリステンセンは、この文書について「何百万キロもの走行経験と、科学的研究と、何より常識に基づいている」と述べた。FEMA事務局長のヴィム・タールが強調したのは、持続可能なモビリティにおける二輪の役割と、公正で現実的な規制の必要性だ。ロンドンにいた頃から感じていたが、向こうの感覚だと、この種の文書は怒りを書く場所ではない。決定する側がそのまま引用できる形に、根拠を整えて置いておく場所なんだ。ここは日本で見慣れた業界文書とは、はっきり性格が違う。それと、77という数字を軽く見ないほうがいい。加盟している団体は、それぞれ自国で議員と話し、自国の運輸当局に意見を出している。共通の文書を持つというのは、17カ国以上で同じ言葉が同時に使われるということだ。ブリュッセルで働く人間からすれば、これほど扱いやすい相手はいない。逆に言えば、バラバラの主張しか持たない業界は、そもそも議題に載らないんだ。
そして7月1日、欧州議会の中に「モーターサイクリングMEPクラブ」が発足した。会派を横断する公式なグループで、理事にはアンドレアス・グリュック(ドイツ)、マテイ・トニン(スロベニア)、ベルント・ランゲ(ドイツ)、ノラ・フンコ・ガルシア(スペイン)といった欧州議会議員が並ぶ。運営はメーカー団体のACEMが担い、FIMとFEMAはオブザーバーとして入る。免許、車両基準、環境、インフラ、安全——議論の対象は、さきほどのポジションペーパーとほぼ重なっている。面白いのはその後だ。発足の会合が終わったあと、議員と欧州委員会の担当者、そして各連盟の代表がブリュッセル周辺を50キロ走った。書類を渡すだけでなく、実際にまたがらせる。私はこれが一番効く手だと思っている。渋滞の列の横で二輪がどう振る舞うのか、路面のどんな継ぎ目が怖いのかは、クルマの後席からは永久に見えない。一度でも乗せてしまえば、次に彼らが条文を読むときの目が変わる。
もっとも、現実のほうは待ってくれない。フランスでは騒音を検知するカメラの配備が広がっている。ブリュイパリフが開発した「メデューズ」は、中央の360度カメラの周囲に複数のマイクを備え、基準を超える音を拾うと作動する。目安とされているのは90デシベル、罰金は最大135ユーロだ。パリでは2021年から動いており、いまはイヴリーヌ県やシュヴルーズ渓谷にも広がった。夏場のサン゠フォルジェのような村には、1日500台前後の二輪が通るという。住民の言い分はもっともだ。一方でライダー側の不公平感も理解できる。爆音のマフラーを付けたクルマは同じくらい走っているのに、標的として名指しされるのはスクーターとバイクじゃないか、という話だ。装置はまだ較正の段階にあり、90という数字自体が今後動く可能性も残っている。それでも私が今年の欧州で評価したいのは、この不公平に怒鳴り返す代わりに、決まる部屋のほうに椅子を用意した、という順序だ。落書きを消して回っても、規制の一行は変わらない。だが77団体の名前が入った文書と、実際にバイクに乗った議員が座る部屋は、次の法案の一行を変えうる。日本の二輪に、この形の常設回路があるかと問われると、私は自信を持って「ある」とは言えない。欧州では、敵意への返答が政治になっている。それが最善かどうかは別の話だ。少なくとも彼らは、殴られた場所ではないところで戦っているじゃないか。
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