欧州ライダー通信 第3回:路面に書かれた「ライダー死ね」——ドイツで起きていること
7月最終週末、ドイツの峠道9か所に「ライダー死ね」と書かれた。犯人一人の問題ではない。2020年の連邦参議院決議まで遡って、この対立がどこで温度を得たのかを追う。
この記事の注目ポイント
- 2026年7月最終週末、ドイツのレムス・ムル郡とエスリンゲン郡で路面9か所にライダーへの脅迫文が書かれた。アーレン警察はオイル等の痕跡は確認できなかったとし、交通への危険な妨害として捜査している。事故や負傷は確認されていない。
- 背景には長い騒音論争がある。2020年5月15日、ドイツ連邦参議院は全走行状態で80dB(A)の制限、騒音を理由とする週末・祝日の二輪通行止めと速度規制を求める決議を採択した。連邦政府は同調せず、当時の交通相は通行止めは選択肢ではないと明言した。
- 欧州では過去にもボーデン湖周辺のオイル罠やアルゴイ地方の連続オイル散布があり、後者では2011年に少なくとも1人のライダーが死亡している。今回の落書きは孤立した事案ではない。
前回は、規制が一台を静かに消していく話を書いた。今回はもっと直接的な話だ。7月の最終週末、ドイツはシュトゥットガルトの東側——レムス・ムル郡とエスリンゲン郡の路面に、ライダーへの脅迫文が9か所書かれた。「BIKER STIRB(ライダー死ね)」「EIN BIKERSCHWEIN WENIGER(バイク野郎が一匹減った)」「TOD DEN MOTORRADFAHRERN(オートバイ乗りに死を)」。悪ふざけで済ませられる文面ではない。
まず事実関係を整理しておく。現場はL1151(ショルンドルフ〜シュリヒテン)、L1147(ショルンドルフ〜オーバーベルケン)、L1150(ホーエンゲーレン〜ヴィンターバッハ)、それにヴァインシュタットやバルトマンスヴァイラー、エスリンゲン周辺だ。書かれた場所のほとんどがコーナーだった。二輪でいちばんグリップに余裕がない地点を選んでいる、という話だ。当初はオイルを撒いた疑いも報じられたが、アーレン警察本部は「オイルやそれに類する痕跡は確認できなかった」と否定している。塗料そのものが一時的な危険物になった可能性は残るものの、これまでのところ事故や負傷者は確認されていない。捜査は交通への危険な妨害という枠で進んでいる。
単発の悪意とは思えないのが厄介なところだ。欧州では似た事案が積み重なっている。ボーデン湖の周辺で仕掛けられたオイル罠、アルゴイ地方で続いたオイル散布——後者は2011年に少なくとも一人のライダーの命を奪っている。英国でも同種の事件はあった。私が引っかかるのは、こうした行為が「よくある嫌がらせ」の棚に収まりはじめていることだ。
社会との関係でいえば、背景には長い騒音論争がある。2020年5月15日、ドイツの連邦参議院が二輪の騒音対策を求める決議を採択した。中身は相当に強い。あらゆる走行状態で80dB(A)に制限すること、騒音を理由に週末と祝日の速度規制および二輪の通行止めを可能にすること、路上検査の拡大、乗り手が特定できない場合に所有者へ課す運行記録簿。電動二輪だけは通行止めの対象から外すという案まで入っていた。連邦政府はこれに乗らず、当時の交通相は通行止めは選択肢ではないと明言している。連邦参議院に立法権はない。それでも、あの決議で議論の温度は決まってしまったと私は見ている。欧州のライダー団体FEMAは当時、二輪だけを狙い撃ちする均衡を欠いた措置だと反発した。同じだけの音量を出す音響設備を積んだ高級車は放置されている、という指摘だ。
なぜ標的が「道」なのかも考えておきたい。ドイツの州道は生活道路であり、同時に週末の峠道でもある。同じ一本の舗装が、平日の通勤路と休日の遊び場を兼ねている。欧州では珍しくない構造だが、その二重利用は摩擦を生みやすい。住民にとっては自宅の窓の外で、他人の休日が音になって通り過ぎていくわけだ。もちろんそれは脅迫文を書く理由にはならない。ただ、対立の現場が必ずコーナーの多い峠道になるのには、はっきりした理屈があるという話だ。
規制の側の話もしておく。今週、EUが2032年9月から新たに型式認証を受ける乗用車とバンに再生プラスチックを15%以上使うよう義務づけ、2036年には25%へ引き上げると報じられた。二輪は現時点で対象外だ。だが排出ガス規制もABSも、四輪で固まってから二輪に降りてきた。ホンダがアフリカツインやNC750Xで先に再生材を使い始めているのは、風向きの変化に備えている動きに見える。私が言いたいのは、規制そのものを敵視しても仕方がないということだ。問題は中身であって、存在ではない。
ここからは私の意見だ。路面に書いた人間は犯罪者であって、そこに議論の余地はない。だが本当に怖いのは犯人一人ではなく、「二輪は迷惑だ」という前提が公的な文書のなかに正当な席を得てしまったことのほうじゃないか。制度の側が先に「そちらは制限してよい対象だ」と言えば、路面に書く人間は自分を多数派だと思える。ロンドンにいた頃から、この構図は何度も見てきた。向こうの感覚だと、これは治安の話ではなく合意形成の失敗として扱われる。
日本も他人事ではない。峠の通行規制も早朝の苦情も、始まりはたいてい音だ。うるさい一部と全体を切り分ける仕事を、行政より先にライダーの側がやる。遠回りに見えて、路面から脅迫文を消す一番早い道はそこにあると思う。
参照・引用リンク
この記事の執筆時に引用・参照した公開情報です。
- Visordown:Anti-biker hate escalates as ‘BIKER DIE’ death threats appear on Germany’s favourite biking roads
- RideApart:Booby Traps and Death Threats Left For Motorcyclists in Germany
- FEMA:Will German measures against motorcycle noise lead to a witch hunt?(2020年連邦参議院決議の内容)
- FEMA:German Federal Transportminister on noise — ‘Road closures are no option’
- Visordown:EU makes recycled plastics mandatory for cars — are motorcycles next?





